FiNANCiEを使った「ゲームで遊んで稼げる」という構想が、あらためて話題になっています。

イケハヤさんがAIで開発している新作スマホゲームでは、遊んだ人にトークンを配る仕組みをつくるそうです。

具体的には、ゲームを頻繁に遊んでくれているユーザーに対して、月に2,000〜3,000円程度の報酬をトークンで得られるような、マイルドなエコシステムを目指しているとのこと。

AIによってゲームの制作コストが劇的に下がり、広告費をトークンの買い付けと配布に回せるようになったから、実現可能になる仕組みであると語られていました。

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で、これに対して「過去のWeb3ゲームがうまくいかなかったのに、まだやるのか」という批判もXでは出ている。

ただ、僕個人の見解としては、この「額面2,000〜3,000円程度のトークンがもらえるエコシステム」は、きっと実現可能だと思っています。

ここでいう「額面」とは、画面に表示される時価評価額のことです。

実現した後にそのまま継続するかどうかは怪しくとも、その実現自体は可能なはず。

実際に受け取ったトークンを換金して、お金を受け取れる人もたくさん出てくると思います。

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ただし、僕が気になったのは、その配布ができたことをもって、「ゲームで遊んで稼げる」という世界線が実現するというように語られているところです。

なぜならそれは、あくまでトークンの額面の話だから、です。

額面上で2,000円分のトークンと表示されていることと、それを受け取った全員が実際にその金額で現金化できることは同じではありません。

同時に売りが殺到すれば、価格も一気に下がってしまう。FiNANCiEの場合は、流動性プールの仕組み上、本当に驚くほど下がってしまう。

つまり、表示されている額面を足し合わせた金額が、そのまま全員のために用意されているわけではないわけですよね。

もちろん、だからといって、継続的に少額の報酬を配る仕組みが成立しないとまでは言えません。それは、買い付けに回せる収益や予算が、どれだけ続くかにもよるはずです。

ただ、この額面と換金額の違いを飛び越えてしまうと、ただの「数字のマジック」になってしまうのだと思います。

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そんなことをXに書いたところ、イケハヤさんから直接返答 をもらいました。

「数字のマジックも含めてマーケティングであり、金融なのだ。株だって、保有者全員がその値段で売却することはできない。銀行だって、全員が一斉に預金を引き出せるわけではない。さらにFiNANCiEは流動性プールを使っているから、売却の相手が見つからないという問題にも対応できる。そして、額面どおりに全員が一斉に現金化できないこと自体は、FiNANCiEだけの問題ではない。」という趣旨の内容。

その点は、本当にそのとおりだなあと僕も思います。

結局は、数字のマジックというのは程度問題であって、そのグラデーションの話でもあるわけです。

双方がこの仕組みをちゃんと理解していたら、額面を共有してやり取りすること自体には、何の問題もない。

だから僕も、今回の件をもってそのまま詐欺案件だと言いたいわけでは、まったくないんです。

むしろ、この返答によって、僕がFiNANCiEに対してずっと「激しく惜しい」と感じている点が、よりはっきりした気がしました。

というか、僕が数年前から考えたいのは、その先の話なんですよね。

具体的には、そうしたエコシステムの仕組みをつくれるのなら、その仕組みを使って、一体何をもっと豊かにするのか。

そこに、本来のFiNANCiEの可能性があると思うんですよね。

前置きが長くなりましたが、今日はそんな話を、改めてこのブログの中でも考えてみたいなと思っています。

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で、実は、この「額面」にまつわる話は、2024年にもブログに書いています。

「FiNANCiEは短期投資どころか、長期投資にも向かない?本当のメリットとは。」という記事です。

参照:FiNANCiEは短期投資どころか、長期投資にも向かない?...

当時、自分でもFiNANCiEに触れながら、表示される額面と、実際に換金できる金額との違いについて考えていました。

そして、そのうえで、額面を共有している人たちがトークンを贈り合えることに、強い可能性を感じていたんですよね。

たとえば、額面1,000円分のトークンを、誰かに贈ったとします。

それが必ず1,000円の現金になるという保証はどこにもない。それでも、お互いがその額面を共有していれば、「これだけの価値があるものを、自分に渡してくれたんだ」と受け止めることができるわけです。

つまり、そこには、ただ数字が移動しただけではない「1,000円分の重み」がちゃんと生まれていると思うのです。

「額面という共同幻想」によって、お互いが体重を乗せられること。その重みを使って、感謝や応援を贈り合えること。

僕は、ここにこそFiNANCiEの本当のメリットがあると感じていました。

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額面を全員がそのまま日本円に換金できなくても、その数字が人間関係のなかで果たせる役割は、明確に存在するということです。

むしろ、「現金に換金することもできるものを、あえて自分に贈ってくれた」その選択自体が、贈り物に重みを与える場合だってあるはずです。

だから僕は、現金化できることと、贈り合うこと自体が対立するとも思っていません。

換金できる可能性も含めて共有されている額面を、どんなふうに扱うのか。その使い道の文化を育てることにこそ、もっとFiNANCiEは力を注いでほしかったんですよね。

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そう考えると、ゲームを遊ぶことでトークンをもらえる仕組みは、すごく面白い入口になり得ます。

たとえば、同じゲームを遊んでいる人から、攻略のヒントを教えてもらった。そのお礼に、自分がゲームでもらったトークンを少し贈る。

面白い感想を書いている人がいたから、「その見方、いいですね」という気持ちを添えて贈る。

受け取った人が、今度は別の人の作品や挑戦に贈る。そんなことが、ごく自然に起きる場になることも可能だと思います。

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僕は、この変化こそトークンエコノミーと呼ばれる社会の中で見てみたい。

もちろん、FiNANCiEにはすでにトークンギフトの機能があります。だから、その楽しさを、アプリを開く理由の真ん中にまで、ちゃんと育ててみてほしいんですよね。

今日はいくらになっただろう、と見るのと同じくらい、今日は誰に贈ろうか、と考えたくなるような場所として。

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つまり、ガチホだけでなく、ひたすらユーザー同士で贈り合える。

その楽しみが、アプリのメインの活用目的となるような世界線です。

以前、「トークンの価値は、一体何に連動しているのか?」という記事でも書いたのですが、僕はこのガチホの先に何があるのかが、ずっと気になっています。

参照:トークンの価値は一体何に連動しているのか? 

そもそも「稼げる」と言われて集まってきた人が、現金化しようとするのは、とても自然な欲求です。

そこで「売らずに応援してほしい」と言われても、最初に期待したものとの間に、ズレが生じてしまう。

だから、ガチホの呼びかけだけで額面価格を支えようとするのは、やっぱりむずかしいと思います。

というか、そのむずかしさが見えたのが、数年前の初期のFiNANCiEブームだったはずです。

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それよりも、額面のあるトークンを誰かに渡すこと自体が楽しい。

手元のトークンが減っても、贈ってよかったと思えること。

そういう経験が、その場にちゃんとあることのほうが大切なんじゃないか。

そんな順番で、額面がその場の人たちにとって意味を持っていくことが大事なのだと思います。

それであれば、「稼げる」という入口から入ってきたとしても、その先で別の楽しさに出会えることには意味があると思っています。まさに、嘘も方便。

でももし、現金化以外の使い道が乏しければ、その額面を信じる理由も、結局は「将来、誰かがこの金額以上で買ってくれるだろう」という期待に偏っていく。最後のババを引くやつが、損をするという構造。

そうなると、みんなが何かしらのトレンド変化によって一斉に出口に向かったときに、その額面も維持しにくくなる。僕には、初期のFiNANCiEブームで、そのような脆さがあらわになったと思っています。

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そして、僕がFiNANCiEに対して、最も惜しいと感じているのは、この楽しさを育てようとしたときに、売買手数料の収益構造へと引っ張られてしまうように見えるところです。

公式には、マーケットプレイスでのトークンの売買時に10%の手数料が発生すると説明されています。また、その手数料の一部がプロジェクトのオーナーに分配される仕組みもあります。

プラットフォームを運営する会社と、個々のプロジェクト運営者は別々ですが、どちらにとっても売買が事業の収益につながる設計が、そこにあるわけです。

単純に言うと、トークンの売買金額が増えれば増えるほど、手数料収益も増えていく。

一方で、ユーザー同士が売買を介さずにトークンを贈り合っていても、その売買手数料は生まれない。

もちろん、贈る楽しさがトークンの買い足しや新しい人の参加につながることはあると思います。ただ、贈り合う行為そのものから、売買手数料が生まれるわけではない。

ここに、育ってほしいコミュニケーションと、事業として直接収益を得られる行動とのズレがあるように思います。

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言い換えると、ユーザーが「誰に贈ろうか」と考える時間が豊かになっても、それがそのまま事業の収益に結びつくわけではない。

それよりも、価格が大きく動いて、「いま買えば、将来上がるかもしれない」「そろそろ売ったほうがいいかもしれない」とFOMOを煽ったほうが、プラットフォームの直接の収益になってしまう、そのジレンマ。

だから僕には、贈り合う楽しさを育てることよりも、価格が動き、売買が活発になることに、事業としての動機が偏ってしまうように見えるんですよね。

せっかく、トークンという「額面の重みを贈れるもの」を通じて、ユーザー同士の関係を育てられる場所を持っているのに、結局は、価格の話へ引き戻されてしまう。

そして価格が暴落すると、また一気に幻滅されてしまう。今回も、今のままだと同じ道を辿ると思います。

ここが、本当に惜しいなって。

事業として収益を得ることは、もちろん必要。

そのうえで、FiNANCiEは、どんなユーザーの行動によって収益を得る場所になりたいのか。

ユーザー同士が贈り合うことが楽しくなるほど、その場を運営する事業も続いていく。そういう方向に、もう一段、踏み込んでほしいと思います。

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AIによって、これまでのビジネスモデル、その事業構造を大きく変えられる可能性が出てきました。

ゲームの制作コストが下がり、今までできなかったことができるようにもなった。

その変化には、本当に大きな意味があると僕も思います。

ただ、入口のコストが下がったとしても、集まった人たちに何を楽しんでもらうか、何によって運営の収益を得るかが変わっていなければ、元の木阿弥であって、同じサイクルを繰り返してしまうのではないか。

だとすれば、今はこの「額面」の価値とは何かを、改めて考えなければいけないフェーズなんじゃないのかなと。

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けんすうさん主宰のSWCコミュニティには、僕が期待する、こうしたトークンエコノミーの萌芽が確かにありました。

だから、SWCで見られた、あの贈り合う文化がもう一度活発になったら、きっとおもしろくなっていくのだろうなあと思っています。

僕は、FiNANCiEの仕組みは、本当に素晴らしいと思っています。

だからこそ「いくらになったか」と同じくらい、「誰に贈れたか」がうれしい場所になってほしい。

僕がずっとFiNANCiEに期待しているのは、まさにここです。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。