最近、Wasei Salonの中でも「読書は量か?質か?」みたいな議論が話題になったので、改めて自分のスタンスを明確にしておくと「いいから黙って、まずは1000冊読め。話はそれからだ」が自分のスタンスです。
これはもう一貫して変わらない、自分の中の確信のひとつ。
もちろん、「量より質のほうが圧倒的に大事」という主張もよくわかる。
そして質を重視すると語ったほうが、玄人くさくも感じる。また同時に「にわかを黙らせたい」という欲望が湧いてくることも、とてもよく共感できます。
でも、これもまた「裏の裏」のスタンスが大事だなとあと思うので、僕はそれでも「量」を重視したいということを改めて今日のブログにも書いてみたいなと思います。
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まず大前提として、「量か?質か?」は、どっちも一理ある意見だと思います。
そして、どっちも単体で捉えた場合には間違えてしまいやすい。
思うに、これは読書に限らず、近年のSNS全盛の世の中で起きている“いちばん致命的な問題”と直結している気がしています。
その問題点とは一体何か。
それは、初心者に対してのアドバイスも、玄人に対するアドバイスも、一緒くたになってネット上で語られてしまっていること、目に入ってしまうこと。
そして、それらは大抵の場合は、矛盾するに決まっています。
矛盾するから、ずっと議論される問題でもあるし、どちらか片方に勝敗が定まるものでもない。
政治の右翼と左翼とまったく同じ現象です。トレンドの揺り戻しなんかも、必ず起きる。
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ただ、その矛盾、つまりテーゼとアンチテーゼによる弁証法的発展こそが大事なわけだから、主だった主張が矛盾するに決まっているじゃん、とも同時に思うんですよね。
言い方を変えると、この矛盾こそが弁証法的発展に必要な環境でもある。
読書で言えば、「読書は、量だ!」と夢中になって、その時にある程度の量が重なって「いや、やっぱり質じゃね?」となる。
でも、いやいや「専門家の頭でっかちは最悪だ」からの、まんべんなく世界を広く知ることも大事。だからやっぱり量じゃね?ってなるわけです。
これを、ひたすらダニングクルーガー効果のように繰り返す。両方の意見がそれぞれのフェーズに合わせて提示され続ける。
どこまでいってもフラクタル構造であり、ゴールが存在しない。それが読書習慣であり、いつの間にか、積読の山を眺めながら、自分の命のほうが先に尽きてしまう運命にある。
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ただ、インターネット上だと、初学者が玄人に対するアドバイスを「自分宛て」だと思って、自己の正当化をしてしまう要因にも、使われやすいなと思うのです。
ここが、インターネットで情報が誰にでも開かれてしまっている欠点でもある。
初学者のタイミングにおいては、まずは有無を言わさずに、物量に従ったほうが良いタイミングというのは間違いなくあって、それが届かないように、目に入らないように、段階的に導いてくれたのが寺子屋や師弟関係、丁稚奉公だったはずなんです。
でも、今の若い子は、スマホを持たされた瞬間から、全部の意見が同時に一気に目に入ってきてしまう。
そして、様々な意見を同時にぶつけられて、自分の足がとまってしまい、立ち止まってしまう。すべてが正しそうだからこそ、一切動けなくなる。
この動けないが、終わりの始まりです。
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僕はこれを10年以上前から「進撃の巨人」現象と勝手に名付けているんですが、まさにインターネットは、そうやって全国大会に出場するような猛者たちの声が、たとえどのようなニッチなジャンルであっても必ず存在する。
でも地方大会に出場することを目指している段階の人間にとっては、それがどれだけ本質で核心をついた意見だとしても、目に触れないほうがいいタイミングもあるわけですよね。
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特に、玄人は良かれと思って、初学者が読んでもわかりやすく(納得感ある形で)アドバイスをnoteやYoutubeなどで無料公開してくれてしまうから、また厄介だなと思う。
それもまた、圧倒的に”正しい”わけですから。
このように、若い子に限らず、どちらも正しそうな意見、その「矛盾」を目の前にして、立ち尽くしてしまっている状態が終わりの始まり。
こういう状態は、哲学でいう「ビュリダンのロバ」にも近い。(同じくらい魅力的な干し草が左右に置かれ、どっちを食べるか決められず、立ち尽くして餓死するロバの寓話です)
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つまり「情報に溺れる」というのは、本来は弁証法的発展のために用意された真逆の説明、その矛盾を目の前にして、自らの行動が完全に止まってしまうこと。
もしくは、自分に都合の良い情報だけをつまみ食いをして、「行動しない自分」を正当化するためだけに、情報を摂取してしまうこと。
考えているフリをして、立ち尽くして何もしていないことこそが、現代において「考えすぎている、悩んでしまっている」その弊害の正体なんだと思います。
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こうやって考えてくると、自分では判断がつかずに同じ量の干し草の前で身動きが取れなくなっているロバ、つまり初学者のために、ついたてを立てて、片方の干し草がロバ本人から見えなくしてくれることが、先人たちの役割だったということだんだろうなと思います。
右でも左でも、どっちでもいいから、まずは食え!と。
そうすれば、そこに立ち尽くして、餓死せずに済むぞ!と。
でも、現代の社会では、そのようなついたてを立ててもらうことを望むこと自体、もはや不可能なわけですよね。
すぐにその関係はパワハラだと指摘されてしまうし、多様性を侵害しているって、左翼の人たちからの横槍も飛んでくる。
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だったら、もう自分から飛び込むしかないじゃないですか。
つまみ食いせずに、まずはどっぷりと浸ってしまうこと。
どちらかのベクトルを定めて、マラソンを始めてしまうことが本当に大事だなあと思います。
これが僕の一貫したスタンスでもあります。
悩んでいる暇があったら、直感的に「こっち!」と思う方向を決めて、なんとなく身体の「好き嫌い」が反応する「好き」の方向に、まずは走り出してしまう。
で、実際にその土地を訪れてしまうこと。退路を断つ。そして、自分の中にくぐらせる。
その他の余計な情報は、一旦そのタイミングにおいてはすべてシャットダウンする。自分の走ることだけに集中する。そのほうが僕は、巡り巡って効果的だし、有効だなと思います。
だから読書も、質より量が大事だと思っています。
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確かに、そうやって片方に走っている間は偏ってしまうかもかもしれない。
でも、一時的に偏ってったっていいじゃないですか。それの一体何が悪いのかも、いまいちよくわからない。
それよりも、清濁併せ呑んでみることのほうが、よっぽど大事だなと思います。
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偏ってもいいし、たとえ偏っても、この人たちの見ている視線の先を統合したところに「中庸」があると思えれば、そこにいつでも戻ってこられると思うことのほうが大事だなと思います。
言い換えると、そのようなコミュニティに自分の居場所を確保しておくこと。
その人間関係を構築しながら、浸りにいくことのほうが大事だなと思う。
その信頼関係こそが、自らがビュリダンのロバ化して餓死してしまうところから救う、唯一の手段だと思うのです。
ひとは、戻ってこられるホームがあるからこそ、安心して旅に出られるし、その旅に身を浸すことができる。
このあたりは、以前配信した、F太さんをゲストのVoicyのプレミアム配信の中でも、ほんとうに上手に言語化していただいたので、ぜひ合わせて聴いてみて欲しいなと思います。
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ここまで読んでみて、「いやいや、本をたくさん読むからこそ立ち止まってしまう」と、思う人もいるかもしれません。
でも僕は、それは逆だと思う。
古今東西あらゆるひとたちの話を聞いたことによって、言いたいことはなんとなくだけれど理解できたと確信できるからこそ、今度は自らの判断に従って、動けるようになるのだと思います。
逆に言うと、いつまでもずっとその場に立ち尽くし、スマホを通して、つまみ食いしすぎるから、わけわかんなくなる。動けなくなってしまう。
だったら、先に物量をこなすことのほうが大事。
そうやって、まずは黙って先人たちの話を手を膝の上において聴いてみるって、ほんとうに大事だなと思います。
現代では自然とは起こり得ない状況だからこそ、質よりも量の側に対して、自らの比重や体重をのせておくことにきっと意味がある。
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あと最後に思うのは、量より質だ!という意見を真に受けて、読書の3冊目で「これが私のバイブル!」と目覚めてしまう親と、
1000冊目までは自分のエゴを一旦すべて横に置いておいて、古今東西の書籍を読破し、1003冊目で初めて「これが私の生きる道だ」とエゴを発揮する親、
一体どっちが自分の親だったら嬉しいのかも、考えてみて欲しい。
僕は完全に、後者が自分の親であって欲しい。
たとえ、前者の親が選んだ3冊目がほんとうに素晴らしいバイブルだったとしても、それでも僕は、後者が自分の親であって欲しい。
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リベラルな価値観、多様性を重んじることを正義の旗印に掲げてしまうと、どうしても、自分の親になって欲しくない人も、相手の立場を認めるという意味で「人それぞれだよねー」とか「相手の意志を尊重することが大事」とかで認めてしまいがち。
でも果たして、自分はこの相手に自分の親になって欲しいのか?は、よくよく胸に手を当てて考えてみたいなと思うのです。
当然、だからといって相手を折伏していいわけでもないし、あくまで相手の「選択権(ときに愚行権)」を尊重することも大切なのだけれど、それを自分のスタンスを歪める理由にしてはいけないなと本当に強く思います。
いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。
2026/02/01 20:38
