以前もご紹介したことがある村上春樹さんの『アンダーグラウンド』を、最近やっと読み終えました。本当に凄まじい本でした。
本当にこれでもか、というぐらいに地下鉄サリン事件の被害者である取材対象者の方々が出てくる。合計62名の方に取材しているそうです。
そして彼らが、同じ一日をまったく別々の角度やまなざしから語り続ける。
僕は毎日2〜3名ぐらいのインタビューを読むことを日課にして、ものすごく細切れに、この本を読み続けてきました。
いまとなっては、僕はなんでこんな読み方をしてしまったのか、多少後悔するほどです。もちろんそれはいい意味で。
今は、完全に地下鉄サリン事件が、つい1年ぐらい前におきた事件のように捉えてしまってしまっている自分がいます。
もう30年経過していると頭ではわかっていながらも、これを読み終えた自分には、なんだか遠い昔の他人事にはまったく思えない。
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僕も、インタビュアーの端くれだからこそ思うけれど、このインタビュー作業は本当にすごいことだなと思います。
62人、しかも特定の事件の被害者に対して取材をする行為によって、どれだけ自分が喰らってしまうことなのか。
しかも単にインタビューにしているだけではなく、以前も書いたように村上春樹さんの場合は自己に一度”くぐらせてている”わけです。
想像しただけでも、吐きそうになる。ミイラ取りがミイラになるではないけれど、この作業の体力や精神力、並大抵のことではできることではないと思います。
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じゃあ、なぜ村上さんはこのような凄まじい本を書かれたのか、それが興味関心軸のど真ん中にやってくる。
そんなときにちょうど並行して読んでいた『村上春樹 雑文集』のなかに、その動機が書かれてありました。
ここで少し引用してみたいと思います。
僕が『アンダーグラウンド』を書くにあたって、加害者側ではなく被害者側のインタビューだけをできるだけ多く集めてみようと思った動機は、それまでの日本のマスメディアに被害者たちの声がほとんど登場しなかったからだ。
(中略)
彼らはただ「そこに乗り合わせた気の毒な人々」でしかなかった。極端な言い方をすれば、彼らは誰でもよかったのだ。ただその電車に乗り合わせて、サリンガスを吸って被害を受けた「普通の市民」というわけだ。彼らには顔もなく、固有の声も与えられていなかった。映画の通行人と同じようなものだ。
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これを読んで思い出したのは、自分が「灯台もと暮らし」というウェブメディアを始めた理由なんですよね。(なんだかとてもおこがましい話なんですが)
「あっ、確かに自分も似たようなことを感じた」と思いました。
今から約10年ほど前、地方創生の文脈において、町おこしの仕掛け人や役場の偉い人たちばかりに光が当たっていた。
そして町に暮らす人たちは、それを盛り上げるための文字通り「村人」のように扱われていた。でも僕はそうじゃないないと思ったんですよね。
本当の意味で町をつくり、その町を支えているのは、そこで暮らし、そではたらく一人ひとりの個人のほうだろうと。なぜマスメディアは彼らを取材しないのか、純粋にそれが疑問だったのです。
だったら自分たちで始めてみようと思ったのが、その大きなきっかけでした。
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当時から約10年が経過し、現代においては、町に暮らす人や会社ではたらくいわゆる「普通」のひとたちのインタビューが、ネット上にはたくさん溢れかえっています。
本当にありとあらゆるローカルが、その土地に暮らす個人に対してインタビュー記事をつくって発信をしている。
もう僕らが直接現地に訪れなくても、それは現実化したわけだから、一つの役目は終わったんだろうなと思っています。
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ただ一方で、じゃあ個人に本当の意味で「光」が当たっているのか。
そのおかげで(いや、そのせいで?)再び有象無象の中の一部になってしまったようにも思います。光を当てることで、再び群衆の中のひとりにする結果となってしまった。
たぶん今はもう、他の地域のひとのインタビュー記事なんて誰も読んでいないと思います。
役場の移住者促進のための予算で無限のようにインタビュー原稿は生成されているけれど、それを読んでいるのは、直接その町に興味関心がある人たちだけで。
写真とか、見せ方において魅力的に見せるということを僕らがやってしまったから、そこには個人的にも、大きな反省がある。
みんなが目立とうとすれば、結果的に誰も目立たなくなる、そんな「合成の誤謬」のような状態を生み出してしまったなあと思います。
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で、ここで思い出されるのは、同じく村上春樹さんの「壁と卵」スピーチなんです。
いたるところで引用されているので、もう聞き飽きたというひとも多いと思うけれど、このスピーチで村上春樹さんは小説家としての自己の役割を以下のように語っています。
同じく本書から少し引用してみたいと思います。
私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに搦め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。私はそう信じています。生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人を怯えさせ、人を笑わせることによって、個々の魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事です。そのために我々は日々真剣に虚構を作り続けているのです。
だからこそ、壁(システム)と卵(個人)があれば、いつだって自分は卵の側に立ちたいと村上さんは語るわけなんですよね。
そして、このスピーチに対して、よくある批判というのは「その時代認識はもう古い、前時代的だ」という批判がなされるわけです。
「現代はもう、そんなふうに単純な二項対立では語れない」と。「壁が卵を構成し、卵が壁を構成しているのだ」と。
それは確かにその通りだとは思いつつ、でも、僕はそこに対して再反論をしたい。
それでも、というか、そうだからこそ、個人が疎外されている状態は間違いなくそこに存在しているわけです。言い換えると、壁と卵がつながっているからこそ、再び卵の側に立つということだってあり得るのではないか、と思うのです。
つまり、それがわかっているうえでなお、個々の「魂」の側に立つということは十二分にありえると思うんですよね。
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僕は「灯台もと暮らし」というインタビューを中心としたウェブメディアの系譜を継ぐものとして、このWasei Salonがあると思っています。
人々にインタビューするウェブメディアとオンラインコミュニティ。一般的には、全く異なるものだと思われているはずです。
しかし、一貫性がないように見られてしまうこともあるけれど、個人的には間違いなく上位互換だと感じている。
じゃあなぜ、そう考えているのか。
思うに、現代社会、特にインターネットの構造、特にSNSを中心とした「システム」に個人が絡め取られてしまっている側面があると思っています。
一番わかりやすいのは、肩書問題。
インターネットの海の中で個人が見つけてもらうために、他者にもわかりやすい肩書を追い求める傾向にある。そして、自分ではなく、その肩書を優先したがる。でも肩書なんて「個人の疎外」の最たるものだと僕は思います。
その中で傷ついている人々、いわば「野の医者」のような存在を支援するためには、まったく別の論理で駆動するクローズドな空間が必要であると考えました。
もちろん、それは、現実Aに対して「より単純でクリーンな現実B」なわけではあるけれども、でも、それがある種の「物語」とも言えて、連帯するということで「個人の尊厳、相手の中にある魂」に対して、もう一度丁寧に光を当てることができるだろうなあと思ったわけです。
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このようなコミュニティをつくったところで、一体何の役に立つのか? そう疑問に感じる方もいるかもしれません。
しかし、他者の尊厳を守ることは、自分の尊厳を高めることにもつながっていると僕は思うんです。そこは、明確につながっているということを理解することも実感できるのではないか。
冒頭でご紹介した村上春樹さんの『アンダーグラウンド』を書いた理由を、以下のように続けて語っています。
僕が試みたのは、彼ら被害者にも生き生きとした顔と声があるという事実を伝えることだった。彼らが交換不可能な個であり、それぞれの固有の物語を持って生きているかけがえのない存在であるということを(つまり彼らはあるいは僕であり、あなたであったかもしれないのだということを)、僕は少しでもこの本の中で示したいと思った。
それが小説家というもののひとつの役目ではないかと思ったのだ。小説家はあるいは要領が悪く、愚かかもしれない。しかし我々はものごとを安易には一般化しない。
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「安易に一般化したくない」というのは本当に共感します。
もちろん、マスメディアによって一般化されてしまう事自体は仕方ない。数字や金銭的価値ではかられてしまうことも、国家やそれに類似する大きな組織や構造の中では仕方のないことかもしれない。
でもそれゆえに、ひとりひとりが異なるということ、その尊厳自体は誰にも奪うことができないということを、誰かがやらないといけない。
僕は、現状それを一番はっきりと実現できる形がWasei Salonのようなコミュニティだと思っています。
実際それを感じ取って、ひとりひとりの尊厳を大事にしようと思ってくれているひとたちが、ここにちゃんと集ってくれている。
そして、ここで自らの「魂の尊厳」が踏みにじられていると感じることも少ないと思います。それはお互いが相手に敬意を払い、尊重し合っているからにほかならないわけですよね。
もちろん、そのとき肩書や実績も関係ない。
ここには「男性」や「女性」、「年長者」や「若者」、「お父さん」「お母さん」「おじいちゃん」「おばあちゃん」、「日本人」や「外国人」など、何かそのようなカギカッコで括られて語られるようなひとたちはいない。
ひとりひとり顔と名前がある。そしてそのすべてがはっきりと異なる。
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もちろん、意図せずして、お互いに相手の地雷を踏み合ってしまうことはあると思います。でも過度にソレに怯えて、忖度をする必要があるわけでもない。
フラットでありながら、そしてお互いがバラバラでありながらも、それでも互いに手を取り合いながら協力し相手の魂の尊厳に光を当て合うことができるということ、それをちゃんと証明したい。
実際、縁もゆかりも無い者同士であっても、ここに集ったことをきっかけにして、お互いが書いたブログを真剣に読み合い、対話会や読書会、コミュニティラジオやスタエフなどでお互いの声にも耳を傾け合っている。
これって、本当にすごいことだと僕は思います。
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もちろん、今日のこの話はすべて結果論ではあると思っています。
今振り返ればそうだったと言えるだけで、自らの事業としてそれぞれ始めるときには、もっと直感的なものが先立っていた。
でも、こうやって現在から振り返ってみると、現状自分の中で一番納得感のある話だなあと思って今日ここに書いてみました。
Wasei Salonメンバーを中心に、いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。