今日は、このブログではめずらしく「住宅」の話を書いてみたい。
なおかつ、ややこしい話をしてしまいますし、答えがない問題でもあります。
具体的には、「都会のマンションがいいのか、ローカルの一軒家がいいのか。それとも賃貸に住み続けてその自由を謳歌するのか」。
そんな答えのない問いに対し、自分なりに考えを整理をしてみたいなと思います。
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というのも、昨日ふと頭によぎったのですが「誰も損している感覚を抱かないようになっている、それがインフレの罠なのか!」と思ったんです。
何か天啓のように腑に落ちました。ストンと理解できた。
インフレ時代においては実質マイナスの選択であっても、日本円では必ずプラスになる。もしくは最低でもトントンとなるようになっている。
だから全員が納得する、納得してしまうようにできている。
少なくとも、自らが選択を失敗したとは思わないようになっている。
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たとえば、地方都市の4000万円で買ったマンションが、数十年後にも4000万円で売却できたりもするわけですよね。
戸建ても、建物のほうに価値がほとんどなくなっていても、土地が値上がりしているからそれを差し引けば、インフレの値上がり分を数十年後に十分に味わった感覚にも、きっとなれるはずです。
つまり、誰もが「まあこんなもんだろう、上を見ればキリがないし」となるのが、インフレ時代なんだろうなと。
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でも本当は、そうじゃないわけですよね。
ここにインフレの罠があるなと思います。「日本円」だけを尺度、そのものさしにしてしまうと必ずハマってしまう落とし穴がここにはある。
だって、数十年後のインフレが進んで、その日本円の価値が常態化しているときには、そのときの4000万円はもう、今の4000万円の価値はないわけですから。
他のものはことごとく値上がりをして、実質的な価値はもしかしたら半額以下になっているかもしれない。
相対的に目減りさせられていることに、気付けない罠がここにあるなと思います。
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でも一般的には、金額が変わっていないということは、価値も変わっていないと思わされてしまう。
価値が保存されているようで、相対的には毀損させられるのにも関わらず、です。
本来はその相対的な価値のほうで考えないといけないはずなのに、大きな買い物の場合、最初に買ったときの金額と変わらなければ、それはそれで良しと捉えてしまう。
こういうマジックって、他の分野においても山ほどあるなあと思います。
まさか、自分の懐から合法的にお金を抜きとられているなんて思いもしない。
それは以前も以下のブログで書いたことがあります。
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インフレ下は、当然ですが、デフレ下とは全く違う構造だということですよね。
デフレ下では勝ち組と負け組がはっきりする。プラスとマイナスで考えればいいだけですから、プラマイゼロのトントンはドロー。
でも、インフレのタイミングは、一応全員がプラスで終わる。
それゆえに、そのプラスが小さいひとたちのなかで、自分がカモになっている、自分がババを引いているとは誰にも感じさせない魔力がある。これがインフレマジック。
つまり、デフレ時代のような「目に見える損失(マイナス)」がないからこそ、自分が一体何を差し出しているのかも、わからなくなってしまいがちだということです。
でも本当は、得られたはずの大きな金額を逃しているわけですし、それは得られたはずというよりもむしろ、得られて当然だったものを減らされているに等しいわけです。
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とはいえ、住まい選びは、経済合理性だけが大切じゃないということも、わかっている。
だからこそ、ひとは悩むんですよね。
たとえば、それでも都会のマンションよりも、ローカルのほうが、圧倒的に暮らしやすいと思う。それは間違いない。
ただ、それが実際の都会のマンションの値上がり価格と比較されたときに「それほどの価値があるとは思えない」ということ、それ自体がまた、いま若い人たちが都心に群がってしまう理由だろうなあとも同時に思うのです。
ここも非常にややこしい。
デフレに慣れてしまっていると、ローカルの一軒家暮らしは身の丈にあった慎ましい暮らしをしているようにも思える。
言い換えると、豊かな自然と多少の家の広さ、あとはローカル特有の面倒なご近所付き合いなんかも含めて清濁併せ呑んでいるようにも思えるわけです。
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でもそれって喩えるなら、毎年1000万円ぐらい支払って、自ら望んでその自然と多少なりとも広い家、そしてそのご近所付き合いを自ら率先して体験しに行っているのと同じなわけですから。
だったら、その1000万円で年に数回、海外旅行やリゾートホテル行ったほうが良いと思ってしまう。
そう、ややこしいのですが、インフレの時代には、ローカル暮らしは結果的にめちゃくちゃ贅沢な感じになってしまうのです。
ただただ、質素な暮らしをしたいだけなのに、その質素がめちゃくちゃ高い浪費になってしまうジレンマが、インフレ時代の非常に厄介なところ。
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これは従来の価値基準から考えると、ものすごく変な話なのだけれど、黙って都心のマンションを買って、都心のマンションに住んでいるほうが、インフレ時代にはいちばん慎ましやかな生活になってしまうんですよね。
住んでいるだけで資産価値が増えていく(というより、価値が目減りしないだけなんですが)。
経済価値だけで考えれば、いちばんお得な行動になってしまう。
もちろん、昔の80年代のバブルのときにも似たようなことはあったと思います。でも、それでも当時はまだ土地に縛られているひとたちも多かった。
良くも悪くも「地縁」のほうが強かった時代であり、自分の故郷に対する愛着もまだまだ強かった時代です。
自分の実家や田舎は、そうカンタンに捨てられるものではなかった。
それは決して貨幣価値で換算・換金して良いものではなく、そもそも天秤に載せられるものではなかったのだと思います。
それは昭和の映画なんかを観ていると、ほんとうに痛いほどよく伝わってくる。
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でも今はもう、そうじゃないわけですよね。
単純に経済的な貨幣的なメリット・デメリットだけで比較されてしまう。
すべてが経済的価値のものさしではかれることが、前提の嫌な世の中なわけです。
そんなことを全部わかっていて、わかったうえでなお選び抜いていればいいのですが、マネーリテラシーが低いと、節約だと思って地方に家を建てちゃう。
お金について学ばないから。そのほうが節約だと思って。
そして先日の「おめでとうは、呪い」の話になってしまうわけです。
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特に、ローンを組めるような働き盛りのタイミングで、そのローンというレバレッジを効かせることができる現役世代最強のカードを、ローカルで切ってしまうことの贅沢さはたぶん、10年後〜20年後にはものすごく驚かれるものになると思う。
「お父さん、お母さん、そのときにわざわざそんな最強のカードを、ローカルのこの家に切ったの…!?」って子どもたちから心底驚かれる。
逆に言えば、そのときに得られたはずだった資産を取り崩して、今まさにローカルの暮らしを思う存分謳歌しているとも言えるわけです。
あとからもらえる可能性があるものを、今この瞬間に享受している。
それっていうのは、ほんとうに素晴らしい選択だと思います。「今を目一杯思いっきり生きている」とも言えるわけだから。
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さて、ここまでの話は、住宅を購入した場合の話でした。
じゃあ、賃貸組はどうなるのか?
賃貸組は、「建物の管理責任の放棄&いつでも移動できる自由」と引き換えに、他人の借金の返済を肩代わりしていることになる。
毎日ホテル泊まっているのと、そんなに変わらない。それは、誰もが贅沢だと思うはずです。
実際僕は、4年間の無拠点居住生活をしているとき、自分はこの管理責任を放棄と移動の自由とを引き換えに、この建物の所有者の借金の一部を肩代わりしているんだなと身体感覚を通して確信しました。
でもそれが間違っているかと言えば、そうじゃない。
つまり、自由の謳歌の仕方の問題なわけですよね。
「いつでも損切りをして、逃げ出せる権利」への保険料と考えれば、むしろ稼ぐ力がある人にとっては、とても安く感じられるものであるはず。
旅ができる、移動の自由があるって、それぐらいすごいこと。チェックアウトしたいと思ったら、明日には出ていける身軽さは、他の何ものにも代えがたいものでした。
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でも、ここでまたさらにややこしい議論も生まれる。
じゃあ、コロナ禍が終わって今みたいなインフレ時代に、わざわざ旅をする必要があるのかという議論なんかもここで生まれてくる。
どこに行っても混んでいるし、宿も食事も何もかも価格が以前よりも高い。一方で、満足度は圧倒的に以前よりも下がるのに、です。
となると、あとは自分の年齢や体力との相談にもなってくる。
人生の残り時間が短いなら、行けるところには今この瞬間に行ったほうがいいという判断になる。
つまり、旅に限らず、賃貸派においても、自らのライフステージの段階や残された時間によるということです。家族構成の変化や、職場との距離などがいちばん重要な要素のひとも多いはずです。
一般化した正解なんてまったくない。
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インフレ時代、ほんとうに万人に共通の正解はないなと思います。
だからこそ、自分で考えて、自分は人生に一体何を望んでいるのかを、徹底して考えないといけないタイミングだなと思います。
くれぐれも、ローカルのマイルドヤンキーたちの一般的な選択肢や、都心の賢そうな人たちの一般的な選択肢に流されたりすることがないように。
ここでもやっぱり、自分にとっての最適解を問い続けること。
それを長期で考えてみることは、ほんとうに大事になってくる。
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でも普通は、こんなややこしいことをわざわざ考えないわけです。それじゃなくても働き盛りの30代は、仕事と子育てで忙しいわけだから。
だからみんな、自分と似ているような境遇のひとたちが、一体どんな選択肢を選んでいるかを横目で見ながら、大体の落とし所はこのあたりだろうなと理解したつもりになって、「あのひとがそうしているなら、私も」と自分の選択肢を他人軸で決めてしまう。
そして、だからこそ、相対的な価値の目減り、価値の移転なんかも気づかないうちにカンタンに起こされてしまう。
「日本円換算でマイナスになっていないだろう、だからあなたは損をしていないんだ」と見せつければいいだけですから。それで搾取する側は説明責任を果たしたことになる。
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とはいえ、ここまでの議論全部ひっくり返しますが、短期で一体何が起こるかなんて誰にもわからないわけですよね。
長期のインフレ傾向は今後も変わらずとも、国際情勢の変化や自然災害やガラッと景色が一変する。
たとえば、養老さんが語り続けるように、2038年の南海トラフ巨大地震がほんとうに起きるかもしれない。
そうすれば西側に住んでいる人たちが、ハザードマップに色がついているところに一軒家を建てるのは全部、不正解となってしまう。
でも、もちろんそんなことはないわけですよね。それはそれで、人生の選択肢として正しい選択になり得る。
これだけ言われているのだから、南海トラフが起きないことは絶対にないだろうけれど、起きたときの承けたもう精神のほうが、その時には圧倒的に大事になってくる。
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インフレ時代は、誰もが自分の資産が膨らむわけだから、全員が嬉しいのかと思いきや、それゆえに自分にあった最適な住まいを選ぶのが、本当にむずかしい時代だなと思わされます。
みんな何かしら(お金や時間や選択の自由)を食いつぶしていて、思いっきり浪費しているにも関わらず、何かを節約している、いや節約させられてガマンしているんだという気分にさせられてしまう不思議です。
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あとは当然、だったら住宅なんかよりも、よりインフレの好影響を受けやすい株式に投資しておこう、という選択肢だってある。
マンションを中心に不動産が高騰すると言ったところで、2〜3倍が限度です。でも、株式投資はその限りではない。だとすれば、むしろそれが一番正解でもあるような気がしていくる。
そうなると理想の「住まい」は現時点では一切手に入らなくなりますし、株式なので、もちろんリスクも一気に高まります。
当然、不動産ローンのように、レバレッジを効かせることもほぼ不可能です。
何を選んでも相対的に損をした(リスクを背負った)と思わされてしまう世の中で、あなたは一体何を選びますか、と今問われている。
なかなかにむずかしいし、ややこしい問題だなと思います。
いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにも今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。
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2026/01/13 20:26
