最近読んだ、養老孟司さんと柳瀬博一さんの対談本『虫とマンガと日本人 養老孟司のキャラクター論』が、とてもおもしろかったです。

https://wasei.salon/books/9784569861562

マンガやアニメ、ゲームからAIまで、日本人はなぜこんなにもキャラクターを生み出し続けるのかを、虫好きな国民性から読み解いていく一冊なのですが、なかでも僕が特に惹かれたのは、終盤に出てくる「里山ノスタルジア」とテクノロジーをめぐるやり取りでした。

今日は、この本を読んで自分なりに考えたことを書いてみたいと思います。

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養老さんは最近、はまっているYouTubeチャンネルがあるそうです。

それが、アゼルバイジャンの小さな村で暮らす夫婦が、ひたすら農場の手入れをして、料理をつくる、ただそれだけの日常が、淡々と映し出されていく動画。

ナレーションもBGMもなくて、聞こえてくるのは木々のざわめきや動物たちの鳴き声、鍋が煮える音、薪を割る音ばかり。

https://www.youtube.com/@country_life_vlog

柳瀬さんは、行ったこともないアゼルバイジャンの田舎暮らしが、なぜか懐かしく思えてしまう、これこそ里山へのノスタルジアが商品になる典型だ、と語っていました。

そして、養老さんもまたそれを受けて「自然のなかで作物や家畜を育てて、一から料理をつくるような手仕事への憧れが、きっとみんなのなかにあるんだろう」と返答していたんですよね。

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ただ、おもしろいのはここからで。

この動画を撮影して、世界中に届けているのは、息子さんご夫婦なのだそう。

勤めていたレストランがコロナ禍で閉店になったのをきっかけに、故郷の両親の自給自足の暮らしを撮って配信しようと思いつき、それが見事にはまって、いまやチャンネル登録者数は800万人を超えているのだとか。

昔ながらの暮らしに、僕らは懐かしさを覚えるけれど、その懐かしさを時空を超えて日本の僕らのもとまで運んできてくれているのは、まぎれもなく、最先端のテクノロジーなんですよね。

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そして養老さんは、こう続けます。

里山での暮らしを長く続けていくためには、ハイテクや文明の利器をきちんと取り入れることが欠かせない。それを全部排除してしまったら、快適になるどころか、ただ苦しくてつらいだけの暮らしになってしまう、と。

柳瀬さんに「養老さんも文明の利器をずいぶん使っていますよね」と水を向けられると、標本づくりには百円ショップの茶漉しや洗剤を応用しているし、埃を飛ばすのには電動ブロアーを使っている、と答える養老さん。

このあたり、なんとも養老さんらしいなあと思います。

アゼルバイジャンの動画だって、電気は通っているし、撮影機材はきっと最新鋭のはずです。

そのうえで、養老さんが口にするのが、この一言です。

「田舎暮らしでは、無理しちゃ、ダメなんですよ。」

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この話は、ほんとうに共感します。

僕らはつい、里山の暮らしとテクノロジーを、対立するもののように捉えてしまいがち。手仕事や自然に寄り添った暮らしは、便利なものを遠ざけることで成り立っているのだ、と。

でも実際にはその逆で、その暮らしを続けたいと願うからこそ、道具を上手に取り入れる必要がある。

むしろ、都会から眺めている僕らのほうが、不便さまで含めて「美しい暮らし」の条件にしてしまっているのかもしれないなあと。

自分で育てたものを食べることや、季節の移ろいを身体で知ることなど、ほんとうに大切にしたいのはそういう部分のはずなのに、電波が届かないことや、手作業で疲れ果てることまで、いつのまにかセットで求めてしまう。

守りたい暮らしの価値と、その暮らしを続けるための手段とを、僕らはついつい混同しがちだなと思ってしまいます。

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で、ちょうど数日前に、佐々木俊尚さんもVoicyで「テクノロジーが支える田園生活という価値観」というお話をされていました。


映画『リトル・フォレスト』を引き合いに出しながら、あの頃にはなくて、今ならあるもの。それはスターリンクなんじゃないか、と。

これにも、なんだかとても共感しました。

ちなみに、『リトル・フォレスト』は、僕らが運営していたウェブメディア「灯台もと暮らし」で、当時、監督の森淳一さんにインタビューをさせてもらった、とても印象に残っている作品です。

振り返ってみると、あの記事こそが、灯台もと暮らしの方向性を明確に定めてくれたようにも思います。

土に触れて、季節とともに暮らしながら、必要なときには遠くのひとや仕事ともつながれるし、大切にしたい暮らしを支える道具の組み合わせは、時代に合わせて変えていっていいんですよね。

そして今の時代には、スターリンクに加えて、当たり前のようにAIもあるわけです。

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ただ、ここでひとつ、正直に思うことがあります。

昔ながらの仕事を大事にしながら、最新のテクノロジーも使いこなし、発信や販売までぜんぶ自分ひとりで担える、そんなひとは、やっぱりほんの一握りだろうなと。

ここで思い出したいのが、養老さんが「無理しちゃダメ」のあとに続けていた話です。

現代の日本人は、明治維新以来の、無理をしてでも一生懸命真面目に勉強するのが正しいという思想に、ちょっと毒されている、と養老さんはかたります。

これ、いまのAIをめぐる空気にも、そのまま当てはまるように思うのです。

AI時代には、誰もがAIを使いこなせるようにならないと取り残される。そう言われるたびに、これまで誠実に仕事を続けてきたひとに、さらに新しい勉強と適応を求めることになってしまう。何という日本人の生真面目さ。

でも、そのひとには、そのひとにしかできない仕事があるはずです。

そこにこそ時間を使ってほしいのに、慣れない道具の習得に追われて本業がすり減ってしまったら、それこそ本末転倒ですよね。

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先日書いたこちらのブログも、まさに同じ話でした。

参照:「AIなんて」と怒るひとの隣にこそ、AIを使えるひとがいた...

宮﨑駿さんと鈴木敏夫さんの関係を引き合いに出しながら、「AIなんて」と思っているひとが、自分の大切にしている仕事や基準まで変える必要はないという話。

誰かがテクノロジーとの接続の部分を引き受けてくれさえすれば、本人はそれを触らないまま、自分の仕事を続けていくことができる、そんなことを書きました。

いまWasei Salonで始めようとしている「通い編集者」も、まさにその接続を引き受ける役割です。

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ただし、ここで強調しておきたいのは、これがテクノロジーを扱える側が、扱えない側を一方的に助けるという話ではない、ということです。

過去に何度も引き合いに出してきた抱樸・奥田知志さんの「助けているようで、たすけられているのが良い支援」という話にも見事に通じなと。

参照:「助けているようで、助けられているのが良い支援。」

支援される側も、「あのひとにはお世話になった」という一辺倒では、そんなに元気は出ない。支援してもらいながらも、「実はあいつを支えていたのは、俺なんだ」と思える関係こそが、いちばんいい支援なのだ、と。

通い編集者も、きっと同じだと思うんです。

最初は「ここは効率化できますよ」「このあたりはAIに任せられますよ」と提案するつもりで通い始めるかもしれません。

でも通い続けるうちに、なぜこのひとはこの手間を省かないのか、なぜこのやり方にこだわり続けているのかが、少しずつわかってくる。

その手間が、実は常連さんとの関係を育てていたり、品質のわずかな違いに気づくための大切な時間だったりするわけですよね。

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そこで変わっていくのは、自分が行う提案の中身だけではなくて、通っている側の「よい仕事」の基準そのものが、変わっていくということ。

相手の仕事が続くように手伝っていたはずが、いつのまにか、自分が何を大切にして生きていきたいのかを、そのひとから完全に教わっているような状態になる。

AI時代は、お互いをコストだとみなし合い、コストカットしていけば、お互いに死ぬ。でもお互いに助け合えば、生き残れるというのは、きっと、こういう関係のことを言うのだと思います。

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そしてもうひとつ、大事だと思っているのが、通い始めるのに、最初から立派な理由は必要ないということです。

相手の哲学を理解していなくても、その仕事の価値をうまく説明できなくても、まったく構わないと思っています。

「なんか好き」とか「なぜか気になる」とか「このお店には、AI時代でも、ずっと続いていてほしい」とか、ほんとうになんでもいい。

そんな、まだ言葉になっていない感覚さえあれば、通い始める理由としては、十分だと思うのです。

あとは話を聞いて、仕事を見せてもらって、AIの力なんかも借りながら、文章や写真や映像に定期的に生み出してみること。

その往復運動のなかで、相手のことがわかっていくのと同時に、自分がそのひとの何に惹かれていたのかも、少しずつわかってくるはずで、ここにこそ、この活動の妙味があるだろうなあと。

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つまり、わかったからつくるのではなくて、つくってみることで、わかっていくんですよね。

AIが本当に役に立つのは、まさにここなんだと思います。

まだ輪郭のない感覚を、いったん形にして確かめることが、ものすごく手軽になった。ここがほんとうに驚くほど革命的。

そして、形にしてみるからこそ、「きれいにまとまってはいるけれど、自分が好きなのはここじゃないんだよな」という違和感にも、ちゃんと気づくことができる。

ただ、だからこそ気をつけたいのは、AIが出してくれた整った説明で、「なんか好き」を早々にわかったことにしてしまわないことだとも同時に思います。

言葉になった部分を、ひとつの足場にしながら、まだ言葉になっていない部分に、少しずつ近づいていき、表現するたびに、もっと知りたいことが生まれてくることが大事なはずです。

その「まだわからなさ」こそが、次にまた会いにいく理由、つまり「通い続ける理由」になるはずですから。

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里山の暮らしと新しいテクノロジーは、対立するものではない。

大切な暮らしや仕事を続けるためにこそ、新しい道具を借りていい。そして、その接続を、ひとりで全部引き受けなくてもいい。

振り返ってみると、灯台もと暮らしで『リトル・フォレスト』を取り上げていたころから、いまの「通い編集者」寺子屋企画まで、僕がやりたいことは、ずっとつながっていたんだなあと思います。

だからこそ、ここに丁寧に橋をかけていきたいなあと思ってしまいます。それもある意味では、昭和から平成へ、そして平成から令和へと橋を架ける、まさにWasei(和→成)的な営みだと思うから。

とはいえ、壮大な話にするつもりはありません。あくまでも、目の前の好きなひとや、好きなお店、誠実な仕事のもとに、ただただ通い続けること。

そしてAIのちからを借りながら、そこで得た感覚を「情報処理」ではなく、「情報化」してアウトプットしていくこと。

参照:AI時代に人間が書くべき理由。「情報化」と「情報処理」はま... 

その小さな往復を、ひとつずつ重ねていくことでしか、きっとほんとうの橋はかからないのだろうなあと思います。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。